富山がれき阻止

富山県 がれき受け入れを阻止するため立ち上げたブログ 不当告訴に断固反対! (※2017年1月 ブログ停止)

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Category: 貿易赤字の原因は原発停止ではなかった。

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貿易赤字の原因は原発停止でななかった!(やっぱり。。。)




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Category: 復興予算

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復興予算は復興に使われているか? via 大阪MBSラジオ「報道するラジオ」


復興予算は復興に使われているか? via 大阪MBSラジオ「報道するラジオ」





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フランスFR3放送「フクシマ・地球規模の汚染へ」

フランスFR3放送「フクシマ・地球規模の汚染へ」

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あれから3年 2014年 3月11日

140307 報道するラジオ「メディアが伝えていない福島第一原発事故3年」

http://www.youtube.com/watch?v=A5P4gIhU8lo



その他、ドイツZDFなどの海外の報道動画が多数ある↓
http://www.youtube.com/user/311akatuki/videos?shelf_id=1&sort=dd&view=0


原発事故が起こり、早三年が経つ。

富山県は、幸いにして地震による影響も、放射能による直接的な影響も少なかった為に
私たちは、情報などで得られる危機感ではなく、
リアルな実感としてこの災害を感じ取ることは他県と比較すれば
非常に少ないものであったと思う。

しかし放射能によって起きる実害は、食品の流通や汚染状況、原発の状況などを考えれば
これからが、本当に自分の身に何が起こるのかはっきりと実感を持って
感じるようになる時期なのかもしれない。

放射能は、今も漏れ続けているし、福島第一は何時収束するのかもわからない上に
外に出た放射能はこれからも、永くにわたり、私たちと共に存在し続ける。
頼りになるとどこかで思ってしまっていた、政府もどう考えても
私たちを守ろうとは思ってはいない。
どちらかと言えば、適当に切り捨てていこうと考えているのではないかと思う。
(一部の人にアメは与えるにせよ)
と言うのが、妥当な現実であると感じるべきだ。

3.11原発震災がもたらしたもの
事故当初から、私たちにとって「ここまで、腐ってしまっているのか」と
驚かされたのは、政府や東電の対応が傲慢でずさんで、自分の保身しか考えていない対応だった。 
前回書いた富山市長も絵に描いたようにそれに倣っていた。

そして、そのことをネットなどの情報から知って行政側へ反対したり意見する人たちが出てきた。
こういった行動に出ることは、人それぞれ一様ではないけども一定の勇気が必要だし
その一歩を、踏み出したことは人間としてはとても当たり前でよかったと私は思う。

しかし、極度に自己保身に走ったり、理解しがたい自己顕示欲を平和な社会の為、子供たちの為という
壁に隠して主張してくるという観点からみれば、双方に違いは見られなかったというのが
私の個人的な感想であった。
(実際の被害の大きさから言えば圧倒的に市長や行政側はどうしょうもないと思いますが)

しかし、
なぜそこまで市長も政府も市民も極度に自己保身に走ってしまうのか?
意味のない、的外れな「私の出番」に力がはいってしまい周りが見えなくなるのか?
自分でも、他人に説明も出来ない行動や意見を自分の意見だと誤認してしまうのか?
もっと言えば、
何故やりたくないことをやってしまうのか?
これこそが問題であり、その解決がなければ市民運動にせよ政府、行政のあり方にせよ
どれだけ、法律をいじくろうとも、どれだけ市民の意見が取り上げられようとも
何も、問題の解決にはならない。
それは、もう少し掘り下げた言い方をさせてもらえば
「何が本人にとって問題なのかが本人に認識できていない」からだ

そういった、人間の基本的な基盤が各個人の中で崩れ去ってしまっていることが
浮き彫りとなったのが、3.11以降私にはっきりとわかってきたことであった。

ですから、よく主権を市民にという運動は私にとってはすごく違和感を持つものになった。
(自分こそが支配者だという市長や政府のような態度もおかしいですが)

各個人の中で、自分が主導権を握ってはいない状態の人々が主権をもらっても
それは、その人たちには使えないものだからであり、それは何かに迎合するか、
その場には全く関係のない、過去に果たせなかった思いを違う形で発散するという
事しかできないと思うからである。

また、そんな人生を送る人間であってはならない、そう強く感じるようになったのも
3.11以降、数は少ないかもしれないが幾人かの人にもたらされた変化であったと思う。

以上です。


















Category: 富山広域圏事務組合が市民を告訴

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池多住民不起訴! 各社報道と住民からのメッセージ!

前回の投稿に続いて、池多住民不起訴についてになります。
まず、各社報道の紹介。
記事は小さいですが、これだけの数で一斉に報道されるというのも
この問題が注目されていた大きさがわかると思います。
(画面からはみ出てしまっている記事もありますが、クリックして頂ければ別ページで読めます。)

毎日新聞2014年3月7日
20140307 不起訴決定 毎日新聞記事より


北陸中日新聞2014年3月7日
20140307 不起訴決定 北陸中日新聞記事

北日本新聞2014年3月7日
20140307 不起訴決定 北日本新聞記事

読売新聞2014年3月7日
20140307 不起訴決定 読売新聞記事



朝日新聞2014年3月7日
20140307 不起訴決定 朝日新聞記事


富山新聞2014年3月7日

20120307 不起訴決定 富山新聞記事


以下は、「富山・池多の未来を守る会」中山郁子さんサイドから頂いたコメントと
環境ジャーナリストの青木泰さんからのコメントを掲載いたします。

●報告● 検察の「不起訴処分決定」報告

「震災がれき焼却灰搬入を妨害した」と、富山地区広域圏事務組合(理事長:森雅志富山市長)が住民を刑事告訴して1年間の攻防でした。
富山地検は3月6日夜になってからマスコミに不起訴を伝えました。
午後11時55分「チューリップTV」が流しました。北陸中日(東京新聞系)が、7日に報道しました。
検察が起訴して法廷に持ち込むなら、市長の権力犯罪が裁かれる場になるだけです。

検察の失点になる起訴は出来ませんでした。
森市長にとっても恫喝告訴に住民が屈しない現状では、裁判は住民の正当性を表明するだけの命取りでした。
今や、環境省の広域がれき処理=復興予算の流用破綻が明確に示されています。

森市長が強行した「汚染がれき持込」の破綻が示されたのです。

全国の皆様から多大なご支援と励ましを頂き、心から感謝申し上げます。
岩手「復興資金流用化」裁判の方々、がれき反対の関西・全国、青木さん、木下さん・・有難う御座います。
明日、新聞報道するマスコミもあるようです。森市長のコメントが未だ出ていません。 



明日の報道と森市長コメントを含めて、私たちの「見解」を発表したいと思います。

「富山・池多の未来を守る会」中山郁子

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以下は青木泰さんからのメールより抜粋です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

全く理不尽な攻撃でした。

この間の調査で、がれきの広域化で余らせた余剰資金を、流用していたことが分かり、 


その点を訴えてきましたが、

さらに、がれきの広域化は、元々復興資金をかすめ取るための仕掛けであったことが分かってきました。

多くの国民が被災地の窮状に涙していた時に、官僚たちは驚くほど非道徳的な流用化を画策していたのです。
それは、がれき量を過大に見積もり、広域化処理必要量を過大に設定し、過大な予算を立て、そして再調査の結果、がれき量が大幅に下方修正されたから
広域化の処理事業は、縮小し、前倒しにして終わるというものでした。

コンサル会社も巻き込んで、がれきの推定量を操作し、そして極めつけが、「結果として災害廃棄物を受け入れることが出来ない場合であっても、交付金の返還が生じることはありません」と言う環境省の通知でした。

戦後最大の兆円をこえる疑獄事件です。
もし彼らが、この企みの一端である、がれき広域化に反対した市民を起訴し、裁判になれば国のこうした疑獄を”自ら”明るみに出すことになったでしょう。

とはいっても、市民としての当たり前の疑問を掲げての闘いが、権力による攻撃を受け、本当に大変だったと思います。
しかし皆さんの粘り強い戦いが、彼らに付け入るすきを与えず、疑獄問題を彼らに突きつける状況を引き寄せました。




2013年3月3日に告訴反対集会でお世話になりました、木下黄太さんもブログにコメントを書かれておりますので
そちらも掲載させてもらいます。
富山市長側がガレキ反対住民を刑事告発の事案、富山地検は住民不起訴の妥当判断。棄民、福島の高齢避難者。

以下ブログより転載
さて、富山市長がトップである富山地区広域圏事務組合が、最終処分場に持ち込もうとした焼却灰を阻止しようとした地元のお母さんたちを刑事告発した問題です。富山県警は今年になって、書類送検をしていましたが、富山地検は昨夜遅く、不起訴処分にしました。

 妨害の程度や再発可能性を考えたと話しているようですが、富山地検が富山市長側につかなかったと端的に思います。しかも、法的にあたりまえのことをした判断でしょうし。我々が地元と協力して、反対運動を広範囲に起こしたことも、功を奏したと思います。

このように意味がある結果になり、お母さんたちが逮捕や起訴をされる事態とならなかったことを大変にうれしく思います。


また、当日はお忙しいところ、応援、講演と駆けつけていただきました、下地先生や山本太郎議員、
全国、県内からわざわざお越しいただいた方。
そして、大変なご苦労をされたスタッフの皆様には、この場をかりまして当ブログより
お礼を申し上げたいと思います。

ありがとうございました。







Category: 富山広域圏事務組合が市民を告訴

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池多住民ら不起訴! ある意味 勝利!             と幼少期の重要性

池多住民不起訴!
池多住民不起訴

しかし、もともと、この問題は富山市側、もっと言えば富山市長が住民に対して
ちゃんと説明をしなかったことが発端になっています。

ここへ至るまでに、市長が池多住民の前に姿を現して説明会を開いたのは
たったの一回だけ


富山市民に対しては、抗議行動後の2月に一回あったが、行動前は
一回も姿を現していない。
これは、全国的に見てももちろんだが、富山県内で説明会が行われた地区と比べても
圧倒的に少なく、ほとんどやるつもりが無いとしか思えない。

そういった経緯から、池多住民、市民が市、市長へ再三にわたり「説明会を開いてください」と
申し入れたにもかかわらず、まったく音沙汰が無い為に、勇気ある人たちが
しょうがなく、体を張り、搬入トラックを止めると言う行動に出たのです。

そうなる間にも、市は本来、内密に扱わなければ行けない瓦礫反対抗議文を
住民の間にリークさせて、反対する人たちを孤立させようとしたりと
一貫して、卑怯で威圧的な対応ばかりしてきました。

そして、このスラップ告訴です。
もちろん、当日も市長は姿を現していません。
当日、雪が舞う、寒空の下で担当者に「この事実は市長はご存知なのでしょうか?」と問いただしたところ
意味深な無言の表情をしていました。

↓当日の様子についてはコチラ
http://toyamagarekisosi.blog.fc2.com/blog-date-20121223.html

そもそも、威力業務妨害で告訴と言っても、当日は警察の方から市民に対して「威力業務妨害で逮捕しますよ」
と言うようなことを言われたのを聞いて、市民は道を明けたのです。
その間も、おそらくですが市長は警察なり市の担当者なりと連絡しているのかもしれないのです。

で、告訴。。。
しかも、事務組合内で協議らしい協議はやらなかった。
FAXで書類をまわすか、電話連絡かぐらいしかしなかった。
それで、正式に協議した結果になるのかもしれませんが、実際はその程度だった。

↓その時の資料。右側に「告訴してよろしいか」とある。
告訴情報公開

富山市長のスラップ告訴は東京新聞こちら特報部でも一面カラーで報道された↓
a171648bdeb27b4f8bcffa02c26a6246.jpg


それだけではなくて、疑うわけではないが、というより
誰だって疑ってしまうかもしれないけど、反対派住民が上記のような扱いを受けた為に
立てることになった反対看板を、右翼と思われる団体が何回も破壊に来ています。
↓その時の模様
http://toyamagarekisosi.blog.fc2.com/blog-date-20130428.html
http://toyamagarekisosi.blog.fc2.com/blog-date-20130512.html

なんなんですか?
この、気持ち悪い感じ。

放射能についても、一般の専門家ではまったくない、素人で何の知識もない人であっても
危険を示す基準値が何十倍にも跳ね上がったり
放射性物質を燃やす為につくった基準ではないのに、焼却することに当てはめてみたりと
そんなんで、「大丈夫、安心で安全です。」と言われても心配しない人はいないんではないでしょうか。

ということで、せめてもの話し合いなんですけど、それもしない。
正確には、「ほとんどしない」でしょうか。


●「何故、富山市長は市民の前に出てこなかったのか?」

自分が不利になるということにも省みず、看板を立て抗議行動をし
抗議文を出してまともに意思を表示した市民に相反するかのように
ほとんど、姿を現さなかった市長ですが、何故そうなってしまうのかというところに
当ブログでは、この問題の最大の原因があると考えています。

■市長が取った行動、事実を並べてみると
自分は姿を見せずに、誰かに言わせたり、誰かに行動させたりして
徹底的に自分は責任を取らなくて良いように行動する。
そして、それは相手に嫌な思いをさせるものや、相手を孤立させるという威圧的な
傾向が強いものが多い。

■そこから、予想される原因
1、そもそも市民を馬鹿にしている。
2、市民に何か言われるのが怖かったり、イラついたり、むかついたりする。
この両方、もしくは片方と思われる。

■では、何故そんな行動をするような人間になってしまったのか?
本来は市長と言う立場からすれば「使命」としなければならない住民を尊重する
という事をしないのは、
そんなことは、本気で命がけで考えたことは無いと言うことでしかないわけですが、
それは、「命よりも大事なものがこの人には無い」という事だとここは断言させてもらいます。

それが無い為に、自分の命を使って何かを成し遂げるのではなく
自分の命をちょっとでも長く続かせる為に生きている。
なので、歪んだ保身という物を持ってしまっている。
もしくは、常にその歪んだ物に気が付けないまま、本人が歪んだ自分に脅され続けている。
(つまり、本人が歪んでいるのに「僕は、歪んでません」と思っている。)

また、そうする事(保身)が現代社会では一般的であるのでそれでいいと思ってしまっていたり、
そのほうが、「保身しろ」と自分を脅している自分にとっては、安心できたり、何か良いことがあったりする上に、
ずっとその方法で生きてきたので、その方が楽なんだ、良いことなんだと思い込んでしまっている。

で、何故そうなったのかに戻りますが、私見でありますがそうなるのは、どう考えても
幼少期の家庭環境にそうなる原因があったとしか思えないと考えています。

推測の域は超えれませんが、今回市民たちが受けた苦しみや悔しさから思うことは
同じ事を、加害者が誰か(特に親)にされ続けた経験があるとしか思えません。

例えばですが、幼少期に、親もしくは親に相当する「その人がいなければ生きることが出来なくなる存在」に、
上から目線で威圧されてきた。または、威圧と言う形では何も無かったとしても、
親自身が、常に誰かを威圧して脅したりすることばかり言葉に出して隣で話していたり
もっというと、言葉にも態度にも出さなくとも、そういう思考や感情で内面が埋め尽くされており
それを、感じた子供が「親の言う親が嫌う人物、親が非難する人物にはなってはいけない」と
生き残る為に思い込んでしまった場合は
その恐怖感を回避する為に親に迎合して、親のようになってしまう。
と思っています。
また、こういったことを父親からされたと仮定して、その時の母親の態度や感情はどうだったのかという事も
非常に重要なことであると思います。
自分に対してであれ、他人や社会に対してであれ、横暴な夫に我慢して迎合し常に恐怖感をどこかに
抱いた感情を持ったまま、子供に接していたり、最悪の場合は夫に迎合して保身に走り子供を
見放してしまったりしていた場合、無力な子供はどうすることも出来なくて
自分を信頼するという人生を歩む為の基準を得られないまま大人になってしまいます。

そして、本来そんなことをしたいと本人が思っていないのに自分に嘘をついて
歪んでしまい、恐怖感から回避することで生じた思考、感情こそが
自分なんだと思い込んでしまったが為に、肝心の本人自身が思考の奴隷となってしまい
大人になっても
四六時中、誰かを見ては内心で「どうやって馬鹿にしようか」と考えていたり
逆に「絶対にあいつはオレを馬鹿にしている」と考える必要も無い事で延々と苛々していたりする為に
とても自分の人生を歩む暇も隙間も勇気も無くなってしまう。
しまいには、自分が自分を騙している、脅して押さえ込んでいることさえ気が付けなくなる。

で、騙している方の自分というのは、もともとが恐怖から「どんな形でも生き残れれば良い」と思って
発生したもので、保身しか出来ない。
※ここで言う、命がけという意味は何も殺し合いなどをすることではありません。
外から掛けられた圧力や脅しに対して、自分を騙すのではなく自分を貫くという意味です。

また、幼少期で歪んでしまえば、自分を貫いているつもりでも
実は、それは本来の自分ではないと言う可能性がものすごく強いと思います。
それは、先にも書きましたが子供は親がいなければ死んでしまうという
大人にはない大きな恐怖感が起こってしまうが為に、恐怖から回避できた思考こそが
自分なんだと強く思い込んでしまうからだと考えています。

だから、本人が貫いているつもり、自分は上手くやっているつもりでも
はたから見たら、今回のように誰の目に見ても非常に醜く見えてしまうのだと思います。


ですから、子供を育てるというのはそれなりの知識と、本人に嘘偽りの無い
「本人」自身が生きていなければ、こんなことになってしまうと言う事と
何よりも、私たち自身も今回のような歪んだ人間であったならば、
まず、それを治すことから始めなければ、何がどうなろうと、醜く
不満と苛つきだらけの中でただ翻弄されて思考の奴隷になって生きることしかできないという話でした。

そういう意味で、今回の市長の告訴というのは、ある意味で社会の歪み、
もしくは、家庭の歪みが社会の歪みを作ってるという事実を
本当にこれ以上ないぐらいに、わかりやすく時代劇のように知らせてくれた
物であると思います。

ですから、私個人としては、今回の事件を糧として
瓦礫が来た、来ない、放射能が危険、危険ではない。
不起訴になった!と一喜一憂で終わらせるのではなく、
自身も含めて、運動に係わった方々や特に告訴されたり酷い目に合わされた方々には
その悔しい気持ちを大事にして
こんなに酷い問題を作ってしまう根源である家庭や自分のあり方について
真剣に取り組んでいただきたいと強く願っております。


以上です。




















Category: フクシマの嘘

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フクシマの嘘 その2


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