富山がれき阻止

富山県 がれき受け入れを阻止するため立ち上げたブログ 不当告訴に断固反対! (※2017年1月 ブログ停止)

Category: スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category: 富山広域圏事務組合が市民を告訴

Comment (0)  Trackback (0)

池多住民ら不起訴! ある意味 勝利!             と幼少期の重要性

池多住民不起訴!
池多住民不起訴

しかし、もともと、この問題は富山市側、もっと言えば富山市長が住民に対して
ちゃんと説明をしなかったことが発端になっています。

ここへ至るまでに、市長が池多住民の前に姿を現して説明会を開いたのは
たったの一回だけ


富山市民に対しては、抗議行動後の2月に一回あったが、行動前は
一回も姿を現していない。
これは、全国的に見てももちろんだが、富山県内で説明会が行われた地区と比べても
圧倒的に少なく、ほとんどやるつもりが無いとしか思えない。

そういった経緯から、池多住民、市民が市、市長へ再三にわたり「説明会を開いてください」と
申し入れたにもかかわらず、まったく音沙汰が無い為に、勇気ある人たちが
しょうがなく、体を張り、搬入トラックを止めると言う行動に出たのです。

そうなる間にも、市は本来、内密に扱わなければ行けない瓦礫反対抗議文を
住民の間にリークさせて、反対する人たちを孤立させようとしたりと
一貫して、卑怯で威圧的な対応ばかりしてきました。

そして、このスラップ告訴です。
もちろん、当日も市長は姿を現していません。
当日、雪が舞う、寒空の下で担当者に「この事実は市長はご存知なのでしょうか?」と問いただしたところ
意味深な無言の表情をしていました。

↓当日の様子についてはコチラ
http://toyamagarekisosi.blog.fc2.com/blog-date-20121223.html

そもそも、威力業務妨害で告訴と言っても、当日は警察の方から市民に対して「威力業務妨害で逮捕しますよ」
と言うようなことを言われたのを聞いて、市民は道を明けたのです。
その間も、おそらくですが市長は警察なり市の担当者なりと連絡しているのかもしれないのです。

で、告訴。。。
しかも、事務組合内で協議らしい協議はやらなかった。
FAXで書類をまわすか、電話連絡かぐらいしかしなかった。
それで、正式に協議した結果になるのかもしれませんが、実際はその程度だった。

↓その時の資料。右側に「告訴してよろしいか」とある。
告訴情報公開

富山市長のスラップ告訴は東京新聞こちら特報部でも一面カラーで報道された↓
a171648bdeb27b4f8bcffa02c26a6246.jpg


それだけではなくて、疑うわけではないが、というより
誰だって疑ってしまうかもしれないけど、反対派住民が上記のような扱いを受けた為に
立てることになった反対看板を、右翼と思われる団体が何回も破壊に来ています。
↓その時の模様
http://toyamagarekisosi.blog.fc2.com/blog-date-20130428.html
http://toyamagarekisosi.blog.fc2.com/blog-date-20130512.html

なんなんですか?
この、気持ち悪い感じ。

放射能についても、一般の専門家ではまったくない、素人で何の知識もない人であっても
危険を示す基準値が何十倍にも跳ね上がったり
放射性物質を燃やす為につくった基準ではないのに、焼却することに当てはめてみたりと
そんなんで、「大丈夫、安心で安全です。」と言われても心配しない人はいないんではないでしょうか。

ということで、せめてもの話し合いなんですけど、それもしない。
正確には、「ほとんどしない」でしょうか。


●「何故、富山市長は市民の前に出てこなかったのか?」

自分が不利になるということにも省みず、看板を立て抗議行動をし
抗議文を出してまともに意思を表示した市民に相反するかのように
ほとんど、姿を現さなかった市長ですが、何故そうなってしまうのかというところに
当ブログでは、この問題の最大の原因があると考えています。

■市長が取った行動、事実を並べてみると
自分は姿を見せずに、誰かに言わせたり、誰かに行動させたりして
徹底的に自分は責任を取らなくて良いように行動する。
そして、それは相手に嫌な思いをさせるものや、相手を孤立させるという威圧的な
傾向が強いものが多い。

■そこから、予想される原因
1、そもそも市民を馬鹿にしている。
2、市民に何か言われるのが怖かったり、イラついたり、むかついたりする。
この両方、もしくは片方と思われる。

■では、何故そんな行動をするような人間になってしまったのか?
本来は市長と言う立場からすれば「使命」としなければならない住民を尊重する
という事をしないのは、
そんなことは、本気で命がけで考えたことは無いと言うことでしかないわけですが、
それは、「命よりも大事なものがこの人には無い」という事だとここは断言させてもらいます。

それが無い為に、自分の命を使って何かを成し遂げるのではなく
自分の命をちょっとでも長く続かせる為に生きている。
なので、歪んだ保身という物を持ってしまっている。
もしくは、常にその歪んだ物に気が付けないまま、本人が歪んだ自分に脅され続けている。
(つまり、本人が歪んでいるのに「僕は、歪んでません」と思っている。)

また、そうする事(保身)が現代社会では一般的であるのでそれでいいと思ってしまっていたり、
そのほうが、「保身しろ」と自分を脅している自分にとっては、安心できたり、何か良いことがあったりする上に、
ずっとその方法で生きてきたので、その方が楽なんだ、良いことなんだと思い込んでしまっている。

で、何故そうなったのかに戻りますが、私見でありますがそうなるのは、どう考えても
幼少期の家庭環境にそうなる原因があったとしか思えないと考えています。

推測の域は超えれませんが、今回市民たちが受けた苦しみや悔しさから思うことは
同じ事を、加害者が誰か(特に親)にされ続けた経験があるとしか思えません。

例えばですが、幼少期に、親もしくは親に相当する「その人がいなければ生きることが出来なくなる存在」に、
上から目線で威圧されてきた。または、威圧と言う形では何も無かったとしても、
親自身が、常に誰かを威圧して脅したりすることばかり言葉に出して隣で話していたり
もっというと、言葉にも態度にも出さなくとも、そういう思考や感情で内面が埋め尽くされており
それを、感じた子供が「親の言う親が嫌う人物、親が非難する人物にはなってはいけない」と
生き残る為に思い込んでしまった場合は
その恐怖感を回避する為に親に迎合して、親のようになってしまう。
と思っています。
また、こういったことを父親からされたと仮定して、その時の母親の態度や感情はどうだったのかという事も
非常に重要なことであると思います。
自分に対してであれ、他人や社会に対してであれ、横暴な夫に我慢して迎合し常に恐怖感をどこかに
抱いた感情を持ったまま、子供に接していたり、最悪の場合は夫に迎合して保身に走り子供を
見放してしまったりしていた場合、無力な子供はどうすることも出来なくて
自分を信頼するという人生を歩む為の基準を得られないまま大人になってしまいます。

そして、本来そんなことをしたいと本人が思っていないのに自分に嘘をついて
歪んでしまい、恐怖感から回避することで生じた思考、感情こそが
自分なんだと思い込んでしまったが為に、肝心の本人自身が思考の奴隷となってしまい
大人になっても
四六時中、誰かを見ては内心で「どうやって馬鹿にしようか」と考えていたり
逆に「絶対にあいつはオレを馬鹿にしている」と考える必要も無い事で延々と苛々していたりする為に
とても自分の人生を歩む暇も隙間も勇気も無くなってしまう。
しまいには、自分が自分を騙している、脅して押さえ込んでいることさえ気が付けなくなる。

で、騙している方の自分というのは、もともとが恐怖から「どんな形でも生き残れれば良い」と思って
発生したもので、保身しか出来ない。
※ここで言う、命がけという意味は何も殺し合いなどをすることではありません。
外から掛けられた圧力や脅しに対して、自分を騙すのではなく自分を貫くという意味です。

また、幼少期で歪んでしまえば、自分を貫いているつもりでも
実は、それは本来の自分ではないと言う可能性がものすごく強いと思います。
それは、先にも書きましたが子供は親がいなければ死んでしまうという
大人にはない大きな恐怖感が起こってしまうが為に、恐怖から回避できた思考こそが
自分なんだと強く思い込んでしまうからだと考えています。

だから、本人が貫いているつもり、自分は上手くやっているつもりでも
はたから見たら、今回のように誰の目に見ても非常に醜く見えてしまうのだと思います。


ですから、子供を育てるというのはそれなりの知識と、本人に嘘偽りの無い
「本人」自身が生きていなければ、こんなことになってしまうと言う事と
何よりも、私たち自身も今回のような歪んだ人間であったならば、
まず、それを治すことから始めなければ、何がどうなろうと、醜く
不満と苛つきだらけの中でただ翻弄されて思考の奴隷になって生きることしかできないという話でした。

そういう意味で、今回の市長の告訴というのは、ある意味で社会の歪み、
もしくは、家庭の歪みが社会の歪みを作ってるという事実を
本当にこれ以上ないぐらいに、わかりやすく時代劇のように知らせてくれた
物であると思います。

ですから、私個人としては、今回の事件を糧として
瓦礫が来た、来ない、放射能が危険、危険ではない。
不起訴になった!と一喜一憂で終わらせるのではなく、
自身も含めて、運動に係わった方々や特に告訴されたり酷い目に合わされた方々には
その悔しい気持ちを大事にして
こんなに酷い問題を作ってしまう根源である家庭や自分のあり方について
真剣に取り組んでいただきたいと強く願っております。


以上です。




















Comments






プロフィール

富山がれき阻止

Author:富山がれき阻止

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

12345678910111213141516171819202122232425262728293004 2017
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。